大規模言語モデル(LLM)の登場により、自然言語処理の分野は大きく進展しています。しかし、汎用的に訓練されたLLMが特定の組織や業界のニーズに完全に適合するとは限りません。そこで注目されているのが「ファインチューニング」という技術です。本記事では、LLMのファインチューニングについて、基本概念から実践的な応用まで詳しく解説します。
目次
LLMファインチューニングの基本
ファインチューニングとは
ファインチューニングとは、事前に学習された大規模モデルを、特定のタスクや領域に適応させるプロセスです。これにより、組織固有の知識や特定の業界の専門用語を理解し、より精度の高い結果を提供できるようになります。
なぜファインチューニングが重要か
ファインチューニングが重要な理由は主に3つあります。まず、特定領域への適応が可能になること。次に、特定のタスクに対してより高い精度を実現できること。そして、ゼロから学習させるよりも少ないデータと計算リソースで高性能なモデルを得られることです。これらの利点により、組織のニーズに合わせたAIの活用が可能になります。
ファインチューニングの手法
ファインチューニングにはいくつかの種類があり、それぞれが異なる特徴を持っています。以下では、3種類のファインチューニングについて、詳しく説明していきます。
自己教師ありファインチューニング(Self-Supervised Fine-Tuning)
自己教師ありファインチューニングは、モデルに次の単語や文を予測させることで学習を進める方法です。この手法では、大量のテキストデータを用いて、文脈から次の単語を予測する課題を繰り返し解かせます。特定の文体や書き方を模倣したい場合に特に有効で、例えば特定の作家のスタイルを再現したり、企業の公式文書のトーンを学習させたりする際に使用されます。
この方法の大きな利点は、ラベル付きデータが不要なため、大量のデータを比較的容易に準備できることです。しかし、特定のタスク(例えば感情分析)に直接適応させることは難しい場合があるという課題もあります。例えば、シェイクスピアの作品を学習データとして使用すれば、シェイクスピアの文体を模倣するモデルを作ることができますが、そのモデルを直接感情分析に使用することは適切ではないでしょう。
教師ありファインチューニング(Reinforcement based Fine Tuning)
教師ありファインチューニングは、入力と期待される出力のペアを用意し、モデルにこれらの関係を学習させる方法です。具体的には、入力テキストと、それに対応する正解ラベルや期待される出力のペアを用意し、モデルにこの関係を学習させます。この手法は、感情分析、文書分類、質問応答など、特定のタスクに特化したモデルを作る場合に適しています。
例えば、カスタマーサポートボットの開発では、顧客からの問い合わせとそれに対する適切な回答のペアを大量に用意し、それを基にAIを訓練することができます。この方法の利点は、特定のタスクに対して高い精度を得られる可能性が高いことですが、質の高いラベル付きデータセットの作成に時間とコストがかかる場合があるという課題もあります。
強化学習ベースのファインチューニング(Self-Supervised Fine-Tuning)
強化学習ベースのファインチューニングは、モデルの出力に対して人間が評価を行い、その評価に基づいてモデルを改善する方法です。具体的には、モデルが生成した出力に対して人間が評価(報酬)を与え、高い評価を得た出力をより多く生成するようにモデルを調整します。
この手法は、人間の価値観や好みを反映したモデルを作る際に特に有効です。例えば、より自然で人間らしい会話を行うチャットボットの開発などに適しています。人間の主観的な評価を直接モデルに反映できるため、より自然な出力を得られる可能性があるというメリットがあります。一方で、学習プロセスが複雑で、大量の人間の評価が必要なため、時間とコストがかかるというデメリットもあります。
例えば、チャットボットの返答に対してユーザーが「適切だった」「不適切だった」などの評価を行い、その評価を基にモデルを継続的に改善していくことができます。このプロセスを繰り返すことで、より人間の期待に沿った応答ができるチャットボットを開発することが可能になります。
ファインチューニングの手法
ファインチューニングを行う際の具体的な手法には様々なものがありますが、ここでは、どの程度のパラメータでファインチューニングを行うかについて分けた3つの手法について、それぞれの特徴と利点、課題を詳しく見ていきます。
全パラメータのファインチューニング
全パラメータのファインチューニングは、モデルの全てのパラメータを更新する手法です。具体的には、事前学習済みモデルの全てのパラメータを、新しいタスクのデータを使って再学習します。この手法の最大の特徴は、モデル全体を新しいタスクに適応させるため、大きな変化が可能な点です。適切に行えば、特定のタスクに対して最高の性能を発揮する可能性があります。
しかし、この手法には大きな課題もあります。まず、全てのパラメータを更新するため、大量の計算リソースが必要となります。また、「破滅的忘却」と呼ばれる現象のリスクがあります。これは、新しいタスクの学習により、モデルが元々持っていた汎用的な性能を失ってしまう可能性があることを指します。
このため、全パラメータのファインチューニングは、計算リソースが十分にあり、特定のタスクに完全に特化したモデルを作りたい場合に適しています。例えば、大規模な企業や研究機関が、特定の専門分野に特化した高性能なモデルを開発する際などに用いられることが多いでしょう。
転移学習
転移学習は、モデルの一部(通常は最終層)のみを更新する手法です。具体的には、モデルの初期層(入力に近い層)を固定し、最終層(出力に近い層)のみを新しいタスクのデータで学習します。この手法の大きな特徴は、更新するパラメータが少ないため、全パラメータの更新に比べて計算コストが低くなる点です。また、初期層を固定することで、モデルが元々持っていた基本的な言語理解能力を維持できるというメリットもあります。
ただし、モデルの大部分が固定されるため、新しいタスクへの適応能力が制限される可能性があるという課題もあります。このため、転移学習は元のタスクと新しいタスクが類似している場合や、計算リソースが限られている場合に特に効果的です。例えば、一般的な文書分類タスクで事前学習されたモデルを、特定の業界の文書分類タスクに適応させる場合などに有効でしょう。
PEFT(Parameter-Efficient Fine-Tuning)
PEFTは、少ない追加パラメータでモデルを効率的に適応させる手法の総称です。代表的な手法としてLoRA(Low-Rank Adaptation)があります。LoRAでは、基本モデルのパラメータを凍結(更新しない)し、モデルの各層に小さな「アダプター層」を追加します。このアダプター層のみを学習させることで、少ないパラメータでモデルを新しいタスクに適応させます。
この手法の最大の特徴は、効率性の高さです。追加するパラメータが少ないため、計算コストと必要なメモリを大幅に削減できます。また、元のモデルを変更せずに新しいタスクに適応できるため、元の性能を維持しつつ新しい能力を獲得できるというメリットもあります。さらに、同じモデルに対して異なるアダプターを用意することで、タスクごとに素早く切り替えられるという柔軟性も持ち合わせています。
ただし、PEFTにも課題はあります。全てのモデルアーキテクチャに適用できるわけではないという制限があり、また、アダプター層の設計や学習率の調整に専門知識が必要な場合もあります。
PEFTは、計算リソースが限られている場合や、複数のタスクに対して同じモデルを使い回したい場合に特に有効です。例えば、中小企業がクラウド上の限られたリソースでモデルをファインチューニングする場合や、一つの大規模モデルを複数の異なる業務タスクに適応させたい場合などに適しています。
ファインチューニングのプロセス
ファインチューニングの実行は複数のステップから構成され、一般的には以下のプロセスで行われます。
まず、モデルに求める具体的なタスク(分類、要約、質問応答など)を明確に定義することから始まります。
次に、定義したタスクに適したデータセットを準備します。例えば、感情分析であれば、テキストとそれに対応する感情ラベルのペアを用意する必要があります。
データの準備が整ったら、タスクに適した事前学習済みモデル(BERT、GPT、T5など)を選択します。モデルの選択後は、前述の手法を用いてファインチューニングを実行します。この過程では、ハイパーパラメータの調整や過学習を防止する取り組みを行います。
最後に、ファインチューニングしたモデルの性能を評価し、必要に応じてプロセスを繰り返します。これらの反復的なアプローチにより、モデルの性能を段階的に向上させていくことができます。
実践例:感情分析モデルのファインチューニング
ここでは、DistilBERTモデルを用いて映画レビューの感情分析を行うモデルをファインチューニングする例を見ていきます。この例では、前述のPEFT手法の一つであるLoRAを使用して、効率的なファインチューニングを行います。ここでは、Google Colaboratoryを用いて検証しました。
準備
必要なライブラリをインストール・インポートします。
!pip install datasets
!pip install peft
!pip install accelerate -U
from transformers import AutoModelForSequenceClassification, AutoTokenizer, Trainer, TrainingArguments, DataCollatorWithPadding
from datasets import load_dataset
from peft import get_peft_model, LoraConfig
モデルと設定
DistilBERTモデルをロードし、LoRAを用いたPEFT設定を行います。LoRAは、基本モデルに小さな訓練可能な行列を追加することで、効率的なファインチューニングを実現します。
model_checkpoint = 'distilbert-base-uncased'
id2label = {0: "Negative", 1: "Positive"}
label2id = {"Negative": 0, "Positive": 1}
model = AutoModelForSequenceClassification.from_pretrained(model_checkpoint, num_labels=2, id2label=id2label, label2id=label2id)
peft_config = LoraConfig(task_type="SEQ_CLS", r=4, lora_alpha=32, lora_dropout=0.01, target_modules=['q_lin'])
model = get_peft_model(model, peft_config)
データの準備
IMDbデータセットを使用し、トークン化を行います。
dataset = load_dataset("imdb")
tokenizer = AutoTokenizer.from_pretrained(model_checkpoint, add_prefix_space=True)
if tokenizer.pad_token is None:
tokenizer.add_special_tokens({'pad_token': '[PAD]'})
model.resize_token_embeddings(len(tokenizer))
def tokenize_function(examples):
text = examples["text"]
tokenizer.truncation_side = "left"
tokenized_inputs = tokenizer(
text,
return_tensors="np",
truncation=True,
max_length=512
)
return tokenized_inputs
tokenized_dataset = dataset.map(tokenize_function, batched=True)
トレーニングの実行
Trainerを使用してモデルのファインチューニングを行います。
data_collator = DataCollatorWithPadding(tokenizer=tokenizer)
training_args = TrainingArguments(
output_dir="./results",
num_train_epochs=10,
per_device_train_batch_size=8,
per_device_eval_batch_size=8,
warmup_steps=500,
weight_decay=0.01,
logging_dir='./logs',
)
trainer = Trainer(
model=model,
args=training_args,
train_dataset=tokenized_dataset["train"],
eval_dataset=tokenized_dataset["test"],
tokenizer=tokenizer,
data_collator=data_collator,
)
trainer.train()
結果の評価
ファインチューニング後のモデルの性能を評価します。
# ファインチューニング前の予測
text_list = ["It was good.", "Not a fan, don't recommend.", "Better than the first one.", "This is not worth watching even once.", "This one is a pass."]
print("Untrained model predictions:")
print("----------------------------")
for text in text_list:
inputs = tokenizer.encode(text, return_tensors="pt")
logits = model(inputs).logits
predictions = torch.argmax(logits)
print(text + " - " + id2label[predictions.tolist()])
# ファインチューニング後の予測
print("\nTrained model predictions:")
print("--------------------------")
for text in text_list:
inputs = tokenizer.encode(text, return_tensors="pt").to("cuda")
logits = model(inputs).logits
predictions = torch.max(logits, 1).indices
print(text + " - " + id2label[predictions.tolist()[0]])
出力された結果
----------------------------
It was good. - Positive
Not a fan, don't recommend. - Negative
Better than the first one. - Positive
This is not worth watching even once. - Positive
This one is a pass. - Positive
Trained model predictions:
--------------------------
It was good. - Positive
Not a fan, don't recommend. - Negative
Better than the first one. - Positive
This is not worth watching even once. - Negative
This one is a pass. - Positive
このように、ファインチューニング前は誤って「Positive」としていた「This is not worth watching even once.」という文章について、ファインチューニングを実行することで正しい回答を出せるようになりました。
ビジネスにおけるLLMファインチューニングの応用
LLMのファインチューニングは、ビジネスのさまざまな場面で活用できます。
例えば、カスタマーサポートの分野では、よくある質問への回答や問い合わせ対応の自動化に使えます。企業独自の製品情報や対応手順をモデルに学習させることで、より適切で効率的な顧客対応が可能になります。
また、大量の社内文書や報告書から重要な情報を抜き出し、要約する作業の自動化も可能です。これにより、情報の効率的な処理と共有が進み、組織全体の生産性向上につながります。
さらに、マーケティング文章や製品説明など、その企業の雰囲気に合わせた文章作成も可能になります。これにより、一貫性のある発信を効率よく行うことができます。
ファインチューニングの課題
LLMのファインチューニングは非常に有効な手法ですが、実際に行う際には課題に直面することもあります。これらの課題を理解し、適切に対処することが、ファインチューニングを成功させる鍵となります。
データの質と量の不足
ファインチューニングの結果は、使用するデータセットの質と量に大きく左右されますが、質の高いデータを十分に確保するのは容易ではありません。時には、必要なデータが足りないこともあり、モデルの学習に制限がかかります。また、収集したデータにノイズや不正確な情報が含まれていると、モデルの性能が落ちてしまいます。さらに、データセットに偏りがあると、モデルがその偏りを学習し、特定のタスクや分野での精度が上がらないことがあります。
計算リソースの制約
大規模言語モデルのファインチューニングを実用的なレベルで行うには、膨大な計算能力が必要です。場合によっては、高性能GPUの不足、長時間の学習に伴う時間的なコスト、エネルギー消費量の増大など、様々な問題が生じえます。これらの制約により、プロジェクトが遅れたりコストが増加したりすることも懸念されます。
過学習のリスク
ファインチューニングで直面する重要な課題の一つが、過学習(オーバーフィッティング)のリスクです。モデルが学習データに過度に適応してしまうと、新しいデータに対する汎用性が低下してしまいます。特に、限られたデータセットでの学習や、モデルの複雑さと学習データ量のバランスを適切に調整されていない場合、この問題を引き起こします。過学習が起きると、モデルは新しいデータに対して期待通りの性能を発揮できず、実用性が下がってしまいます。
将来の展望
LLMのファインチューニング技術は日々進化しています。今後は、より少ないデータと計算リソースで効果的なファインチューニングを行う技術の発展が期待されます。また、テキスト、画像、音声などを統合したマルチモーダルに対応したファインチューニング手法や、継続的学習を可能にする技術の進展も注目されています。
まとめ
LLMのファインチューニングは、汎用的な言語モデルを特定のビジネスニーズに適応させる有効な手法です。適切に実施することで、特定の領域に特化した高精度な自然言語処理アプリケーションの開発が可能になります。
ただし、効果的なファインチューニングには、適切なデータの準備、計算リソースの管理、そして倫理的配慮が欠かせません。これらの課題に適切に対処することで、LLMの可能性を最大限に引き出し、ビジネスに新たな価値をもたらすことができるでしょう。